2005年 11月 04日
僕はミーツと共に「街」を覚えた |
思い起こせば、僕がこのMeetsに出会ったのは、もう15年前くらいだと思う。
それは確か高校生の時、学校帰りにいつもよる本屋さんで発見した。ちょうど、その頃、日々の単調な生活に飽きてきていて(そこらのオヤジみたいな高校生であったのも事実)、何かおもろいことないんかいな、とか考えつつ「三ぶら」(三宮をうろつくこと)していた時期だ。
それは衝撃的だった、何て言うか文章といい、表紙といい、それにコピーといい、そのすべてが決してレオンではない異色を放っていた。コマーシャリズムによる雑誌と文章が多い中、Meetsには、「ええやん、とにかく楽しもうや」みたいなノリがあるし、何よりも「今」の「街」を的確に捉えている阪神間的なメディアであると思っている。実際に、僕は今でも読みたい号があれば、妹に買ってもらい送ってもらう。もう、オタクの域です。
今、こうしてロンドンに住んでいて、この「街」を見るときもMeets的に見てしまうし、雑誌を見ていても、「そうやないやろ、"ザッツ・ロンドン" 的でなくて、もっと、"だからロンドン" みたいな特集してや」と思ってしまう。
ロンドンでは未だに街の師匠的存在に出会ったことがない。街の参考書にも出会ったことがない。小シャレた雑誌や情報誌は山ほどあるけれど、「動」も「静」も兼ね備えた、「ロンドン=街」を体現している雑誌は無いように思われる。
改めて考えてみると、Meets自体が極めて「街」的であった。その中でも、僕は編集長のコラムや文章が好きだった。その編集長が、今回異動されてしまうとのこと。何だか、時代と言うか、世の流れと言うか、何かを感じてしまう。確かに、時代と共に、このMeetsも変わってきたし、僕の中での位置付けも変わってきている。もちろん、「街」自体も変わってきている。
でも変わらないのは、僕は「街」を、酒場のアニキや師匠から教わっただけでなく、この本からも多くを教わったってこと。
いや~、もっとロンドンと神戸を学び、僕らがそれを伝えていかなね。
とか、言ってみたけれど、やっぱり、「楽しいかったらええやん!」。と、これが一番。
それは確か高校生の時、学校帰りにいつもよる本屋さんで発見した。ちょうど、その頃、日々の単調な生活に飽きてきていて(そこらのオヤジみたいな高校生であったのも事実)、何かおもろいことないんかいな、とか考えつつ「三ぶら」(三宮をうろつくこと)していた時期だ。
それは衝撃的だった、何て言うか文章といい、表紙といい、それにコピーといい、そのすべてが決してレオンではない異色を放っていた。コマーシャリズムによる雑誌と文章が多い中、Meetsには、「ええやん、とにかく楽しもうや」みたいなノリがあるし、何よりも「今」の「街」を的確に捉えている阪神間的なメディアであると思っている。実際に、僕は今でも読みたい号があれば、妹に買ってもらい送ってもらう。もう、オタクの域です。
今、こうしてロンドンに住んでいて、この「街」を見るときもMeets的に見てしまうし、雑誌を見ていても、「そうやないやろ、"ザッツ・ロンドン" 的でなくて、もっと、"だからロンドン" みたいな特集してや」と思ってしまう。
ロンドンでは未だに街の師匠的存在に出会ったことがない。街の参考書にも出会ったことがない。小シャレた雑誌や情報誌は山ほどあるけれど、「動」も「静」も兼ね備えた、「ロンドン=街」を体現している雑誌は無いように思われる。
改めて考えてみると、Meets自体が極めて「街」的であった。その中でも、僕は編集長のコラムや文章が好きだった。その編集長が、今回異動されてしまうとのこと。何だか、時代と言うか、世の流れと言うか、何かを感じてしまう。確かに、時代と共に、このMeetsも変わってきたし、僕の中での位置付けも変わってきている。もちろん、「街」自体も変わってきている。
でも変わらないのは、僕は「街」を、酒場のアニキや師匠から教わっただけでなく、この本からも多くを教わったってこと。
いや~、もっとロンドンと神戸を学び、僕らがそれを伝えていかなね。
とか、言ってみたけれど、やっぱり、「楽しいかったらええやん!」。と、これが一番。
by tabu184 | 2005-11-04 23:29 | My life

